高齢の両親を持つご家族から、トイレ清掃の依頼をいただくことがよくあります。
理由はさまざまです。
認知症が進んでしまったり、身体の自由が利かなくなったりして、親が信じられないほどトイレを汚してしまう。そして、家族だけではどうにも手が付けられない状態になってしまうのです。
普通のハウスクリーニング業者さんに相談しても断られてしまうことも少なくありません。
それも当然だと思います。
一般的なクリーニング業者さんの仕事は、定期清掃で綺麗な場所をさらに綺麗にしたり、そこまで汚れていないトイレを清掃したりすることです。
たまにSNSなどで「こんなに汚いところを綺麗にしました」という写真が賞賛されているのを見かけますが、正直なところ、「これで超汚いカテゴリになるのか」と思ってしまうこともあります。
それくらい、私たちが日常的に向き合っている現場は特殊なのです。
話を戻します。
私に依頼をくださるご家族は、皆さんとても不安そうな顔をしています。
家の中がウンチまみれになっていたり、トイレが汚物で詰まっていたりするのですから、それは当然です。
私が清掃をしている間、ご家族は別の部屋で待っていることがあります。
見てはいけないものを見ないように。
臭いを嗅がないように。
その光景は決して珍しいものではありません。
しかし、そのたびに私の脳裏にはある光景がフラッシュバックします。
苦い思い出。
辛い思い出。
それは私の父のことです。
私の父は66歳で亡くなりました。
今思えば、かなり若くして亡くなったと思います。
肝硬変から肝がんを患い、そのまま帰らぬ人となりました。
亡くなる3か月前からは入院生活となり、徐々に身体が動かなくなっていきました。
亡くなる3週間ほど前には車椅子生活となり、最後の2週間はベッドから起き上がることもできなくなってしまいました。
車椅子の頃は、私や妹が父をトイレへ連れて行き、ズボンを下ろして便座に座らせ、排泄を手伝っていました。
寝たきりになってからは、便意を催すたびにナースコールを押し、看護師さんに介助してもらうようになりました。
若い女性の看護師さんが父のズボンを下ろし、漏れてしまった排泄物を薄いゴム手袋越しに処理してくださる。
父は無言で介助を受けていました。
何もできなくなってしまった自分自身が辛かったのだと思います。
私はその姿を見ているのが辛かった。
看護師さんに申し訳ないと思いました。
そして同時に、「自分にはこんな仕事は絶対にできない」と思っていました。
そんな中、母が突然こう言い出しました。
「お父さんの最後は家で迎えてもらう。」
「お父さんは家が一番好きだった。」
母は一度言い出したら人の話を聞かない人です。
私と妹の反対は見事に押し切られました。
父が亡くなる前日。
すでに譫言しか話せなくなっていた父は、介護用の車両で自宅へ戻ってきました。
昼過ぎ、自宅に用意された介護ベッドへストレッチャーで移されます。
その瞬間から、父の排泄介助は母と妹、そして私が行うことになりました。
しかし、父がベッドへ寝かされると、母からいくつか買い物を頼まれました。
介護用品をほとんど準備していなかったため、それらを買いに行ってほしいというのです。
その時の私の気持ちは、「ホッとした」でした。
もちろん、買い物に行っている間は父の排泄介助をしなくて済むからです。
2時間ほどして帰宅すると、妹が少し疲れた顔で言いました。
「お父さんのおトイレ、なんとかできたよ。」
無理に笑顔を作っていたのを覚えています。
それを聞いた私は、また「ホッ」としてしまいました。
これでしばらくは介助をしなくて済む。
そんなことを考えてしまったのです。
しかし、結論から言えば、父はその後10時間もしないうちに亡くなりました。
妹が行った排泄介助が、父にとって最後のトイレでした。
今、私は仕事として高齢者の汚れたトイレを掃除しています。
ご家族は不安そうな顔をしながら別室で待っています。
「親なのに何もできなくて申し訳ない。」
「自分で掃除しなければならないのではないか。」
「こんな状態になるまで放置してしまった。」
そう思っている方もいるかもしれません。
もしそうだとしたら、その気持ちは痛いほどわかります。
私自身がまさにそうだったからです。
父の排泄介助をしなければならないとわかった時、私は不安でした。
嫌だと思いました。
汚いものには触りたくないと思いました。
父の性器を見ることにも抵抗がありました。
そして、妹が介助を終わらせてくれた時、私は「ホッ」としてしまった。
私は今でも、あの時の自分を責めることがあります。
もし自分が介助していたら。
もし逃げなかったら。
今も後悔しなくて済んだのではないか。
そう思うことがあります。
しかし長い年月が経ち、今は少し違う考え方もできるようになりました。
父の排泄介助をしてくださった若い看護師さんたちを、私は今でも心から尊敬しています。
嫌な顔ひとつせず、当たり前のように介助をしてくださった。
当時の私は「絶対に自分にはできない仕事だ」と思っていました。
そして今、私は人様の汚物を片付け、汚れたトイレを掃除する仕事をしています。
人生とは本当に不思議なものです。
トイレを磨いている時、ふと考えることがあります。
「今の自分なら父の介助もできただろうか。」
答えはわかりません。
しかし少なくとも、当時の私が感じていた恐怖や戸惑い、嫌悪感は決して特別なものではなかったと思います。
家族だからできるわけではありません。
親だからできるわけでもありません。
できないことは誰にでもあります。
だから私は、ご家族が申し訳なく思う必要はないと思っています。
無理に見たくないものを見る必要もありません。
無理をして心をすり減らす必要もありません。
できないことを、できる人に任せる。
それは決して恥ずかしいことではありません。
むしろ、大切な家族を守るための選択なのだと思います。
私は今でも父の排泄介助をしてくださった看護師さんたちに感謝しています。
そして尊敬しています。
だからこそ、私自身も誰かの役に立てるのであれば、汚れたトイレを掃除することにも意味があると思っています。
もし今、親の介護やトイレの汚れに悩み、「自分がやらなければならない」と苦しんでいる方がいるなら、どうか一人で抱え込まないでください。
できないことがあってもいい。
誰かに頼ってもいい。
私自身が父のことで悩み、後悔し、今でも答えを探し続けているからこそ、そう思います。
そして今、汚れたトイレを磨きながら、時々こう思うことがあります。
「今の自分なら父の排泄介助もできたかもしれない。」
その答えはもう確かめることはできません。
けれど、あの時できなかった自分がいたからこそ、今、目の前で困っているご家族の気持ちがわかる。
父が残してくれた最後の教えが、今の私の仕事につながっているのかもしれません。
文 (株)日本整理 取締役 高橋啓介
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