「家財一式を寄付してください」という依頼から始まったDV案件
当社はもともとDVを受けた女性関連の仕事をやっていたわけではありませんでした。
いつもお世話になっている福祉事務所の担当者さんにとある依頼を受けて以来、徐々にDV関連の話があると当社に仕事が回ってくるようになりました。
今回もいつものようにフェイクを交えて個々のケースが分からないように書いていきたいと考えております。
DV関連の話はいつも以上に慎重にしたいと思いますので、複数の案件をまとめた感じで書いていきます。
その「ある依頼」とは「家財一式を寄付して欲しい」というものでした。
寄付といっても電子レンジや冷蔵庫を一つづつとうものではなく家財一式。
何もない状態から最低限の生活が出来るレベルまで、そろえられるものを出来るだけお願いということでした。
話を聞いてみると、「詳しくは言えない」とのこと。
ともかくお世話になっている担当者さんでしたので、寄付用に取り置きしておいたものをチェックしながら、現時点で何がそろうかリストアップしていく。
「冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、暖房器具、冷房器具、台所用品、日用品、お布団、衣装ケース、収納ボックス、タンス、他」など思いつく限りのものを揃えた。
ある程度リスト化してから担当者さんへ「こんな感じですが・・・、因みに背景をしっていると当社の方でも考えながら、こういう方ならこんなものも必要でしょう、などと考えながら揃えられる」のですがと伝えた。
すると担当者さんが「いろいろ事情があって詳しいことが言えないのですが、若い女性になります。」
ここまで言われたところで私も「(もしかしてDVを受けた女性なのかもしれない)」と察し、「何となく事情は察しましたのでこれ以上は言わなくて大丈夫です。とりあえず、肌着などもそろえられるかと思いますのでサイズを教えてください。」と伝えた。
その後、いくつかのやり取りがあり担当者さんから本題ともいえる仕事内容を伺うことになった。
激しい暴力を受けた女性と元の住まいの片付け、運搬
仕事内容は「家財処分」と「家財の運搬」でした。
といっても普通の片付けや運搬ではない。
この時点でようやく仕事の概要や背景を知ることになっていった。
実は今回の「女性」とは夫から激しい暴力を受けた末にとある福祉関連の方に緊急で夫と隔離され現在シェルターで保護されているとのことでした。
もちろんどこに保護されているかなどは一切知らされることはない。
着の身着のままで保護されたため、僅かな着替え以外何も持っていないとの事でした。
福祉事務所関連の方が現在あらたな住まいを探しており、入居が決まったらそこに寄付品を搬入して欲しいとのことでした。
また、現在借りたままの状態になっている元の住まいに荷物が残っているので、一部を新居に運搬し、残りは全て処分して欲しいとのことでした。
当たり前の話ですが、元の住まいで作業している最中、何を聞かれようが「絶対にどこへ移るのか、方角さえも言ってはならない」とのことでした。
夫の人相も教えて頂き、夫に似た人に「しつこく聞かれるようなら警察を呼んだりして対応する」ことなどを約束したりしました。
女性が保護されたのは数か月前で、家の中がどうなっているのかは正直分からないとの事でした。
必要なものと処分するもののリストを頂き、それに従い作業することになりました
現場には暴力を受けた痕跡が
場所は関東圏内のA市でした。
2台のトラックで現場に到着。
1台にはすでに寄付品の家財が詰め込まれている。
もう1台のトラックにこれから家にある家財の一部を搬入するのだ。
閑静な住宅街にある一軒幸せな夫婦が住んでいそうな小奇麗な一軒家でした。
預かった鍵をドアノブに差し込み鍵を開ける。
「カチッ」という音とともにドアが開く。
事前に「夫がもしかしているかもしれない」と、言われていたので緊張の瞬間でした。
夫はガタイがよく、ちょっとチンピラ風の男で肩をいからせながら歩く癖があるとのことでした。
心配だったので、その日は男性スタッフを増員し男性4名と私の合計5名での作業となりました。
幸いにも夫は家の中にいませんでした。
電気や水道のライフラインは既に切れているとのことだったので、雨戸や窓、カーテンを開け現場の状況を確認する。
台所のテーブルには女性が保護された日に作ったのであろう食事がそのまま置いてあり、数か月たち完全に腐敗してカビだらけになっている。
リビングを見るといろいろな家財が壊され、痛めつけられているのがわかった。
テレビ画面は大きくひび割れ、画面右上付近には大きな穴が開いている。
夫が女性に暴力を振るいながら物にも当たり散らしていたのが分かった。
「家財一式を揃えて欲しい」の意味が分かりすぎる家の中の状態。
タンスも壊され、テーブルも足が壊れていたりぐらついた状態。
家の中のいろいろなものが壊されている。
見ると壁という壁にも大きな穴があき、襖(ふすま)にも大きな痛みがある。
テレビや新聞で見聞きするDVとは違い、眼前の現実に背筋が寒くなった。
心配して話しかけてくるご近所さん
作業を初めてすぐにご近所さんと思われる中年の女性が挨拶にきた。
「隣の者なのですが、ここの方どこへ行かれたの?」と聞いてくる。
恐らく本当にただのご近所さんなのでしょうが、第三者の私には知るすべもない。
「すみません。業者なので何も知りません・・・。」 定番の“お断り”の言葉で知らぬ存ぜぬを通すと、ご近所さんが勝手に話だした。
「ここの女性、毎日のように暴力を受けて何回も警察が来たのよ。家の中からドーンドーンって凄い音が良くしてね。助けてって悲鳴もよく聞こえてきたんです。」
「そうだったのですね。申し訳ありませんが、私は何も知りませんのでごめんなさい。」と言い仕事に戻ると、ご近所さんもすぐにいなくなった。
スタッフ全員にも誰に何を言われても絶対に何も答えないように指示してあり、そもそもスタッフにはあまり詳しい内容は伝えていない。
運搬先の住所さえ知っているのは私のみ。
そもそも車に荷物を搬入して現場を離れるまでスタッフはどこへ行くのかすら知らない状態にある。
夫が女性の居場所を突き止めて、また暴力を振るいに行くことは死んでも避けなければならない命題でした。
運搬と初めて対面した女性
指定された荷物を載せ、車両をチェックする。
何をチェックするかというと、GPSなどの追跡用の発信機がくっつけられていないかのチェックだ。
まさかとは思いますが、念のため。
実はわたくし事情があって追跡用GPSや隠密用ボイスレコーダーなどの機器には詳しいのでチェックには問題はなかった。
車両の下側を一通り確認し、ようやく車両を走らせる。
途中のコンビニで初めてカーナビに住所を打ち込み、そこで初めてスタッフさんもどこへ行くのかが分かる。
夫は車を運転できないという事前情報がありながらも、追跡している車がないかを確認しながらの走行でした。
幸いなことに最初から最後まで「夫」は現れることはありませんでした。
2時間ほど車を走らせようやく女性の新居に到着。
ここでの私の仕事は女性へのアテンドでした。
女性が男性への恐怖を感じないよう福祉施設さんの担当者さん(女性)と私で運ばれた荷物をどこに置くかなどを指定していく役割です。
初めて会ったその女性は20台前半。
細身で背丈は私と同じ150cmくらい。腕は細すぎて、何かあっただけで折れてしまいそうな感じ。
長髪で非常に控えめでおとなしい女性でした。
数か月前に受けた暴力での傷が未だに完治しておらず顎の付け根や背骨が痛いとのことでした。
「こんなにおとなしくて、小さな女性が暴力を受け続けたんだ!!」正直ショックで身震いがしました。
次々に運び込まれる家財や寄付品に一つ一つ丁寧にか細い声ながらもお礼を言い続ける女性。
見知らぬ地域で新たに生活を始める・・・・、不安しかないのだろうなと表情のない女性の顔を見ながら思いました。
その後の片付け作業
引越しが終了すると、再度現場に戻り家財処分のお仕事が待っている。
事前に福祉事務所さんが夫に夫の荷物は全て処分してよいと念書を取っていたのであるもの全てを処分。
もともとは綺麗な一軒家。
家財も品の良いものを揃えていた。
夢と希望にあふれた新婚生活を送っていたはずなのに・・・。
若干気が滅入りながらの片付け作業となった。
その後の女性
しばらくしてから担当者さんと話す機会があり、わたしが寄付したものに非常に感謝しているということ知りました。
新しく用意された地域で女性はまた働いて自立した生活を送りたいとのことでした。
しかし、経済的な余裕もないとの事だったので家財処分で出てきた未使用の化粧品を寄付したり、切手やテレホンカードも用意したりなどしました。
因みに以下が私が実際に福祉事務所さんへ送った寄付品のリストになります。
上記のリストを送付したときのメール内容が次になります。
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○○事務所
◎◎様
尾上明子
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今でも似たような依頼がはいると今回お話した女性の事を思い出します。
もう会うことも無いのでしょうが、私の記憶には強く残っており彼女が新しい土地で幸せに生きていくことを願わずにはいられません。
終わり
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